「研究」を巡る究極の凌ぎ合い(竜王戦第四局)

2013年11月21日〜22日に行われた第26期竜王戦七番勝負第四局、渡辺明竜王森内俊之名人(結果は144手まで後手番の森内名人勝ち。森内名人の三勝一敗となり竜王奪取まであと一勝としました)の内容について僕が感じたことを書いてみたいと思います。ちなみに棋譜は→こちら

(*本当は局面図を入れながらやりたかったんですが、この二日ほど色々試してみたものの上手く行かず断念。一方今週の木曜には第五局が始まりますのでなんとかそれまでに間に合わせたい、ということで勢いで書きますので色々拙い点はご容赦ください)

まず本局の伏線として森内名人二勝で迎えた第三局について触れてみます。棋譜は→こちら
森内名人に開幕二連勝を許し、更に後手番。森内名人が二日制の先手番を非常に得意にしているため、渡辺竜王としては絶体絶命のピンチ。しかし渡辺竜王は起死回生の策を用意していました。43手目先手が▲8二角と後手陣に角を打ち込んだ局面。この局面は2012年5月の第70期名人戦第三局(▲森内ー△羽生)戦と同一、更に「先手よし」と結論付けられていた局面です。しかしこの局面から先手が香車を取り馬を作る手(▲9一角成)の間に△2二玉△4二金上と悠々と自陣整備したのが新構想。この構想が実って森内名人の先手番をブレイクします。竜王の凄いところは森内、羽生という棋界の最高峰の戦いで結論が出ている局面に敢えて研究手段を用意したその大胆さ。森内先生もよいと思っていた変化で負かされたのはダメージが残ったものと思われます。渡辺竜王の研究というのはその広さ深さも凄いんですが、何より使い方が抜群。番勝負の流れを引き寄せるツボを心得ています。

という伏線があった第四局。今度は渡辺竜王の先手番。ここを取ると一気に勝負の流れは渡辺竜王に傾くという一局でした。早速渡辺竜王が趣向に出ます。45手目▲2五桂。この手では▲6五歩と突くのが所謂宮田新手という手で普通。というのもこの手が考えられた背景に「▲2五桂では本譜の通り△4五歩と反発して馬を作る変化が後手が厚い」→「だから▲6五歩という手に変化」というこれまでの「常識(定跡の蓄積)」があった訳です。実戦も△4五歩以下後手が馬を作り、一方先手は▲4四歩から後手陣を乱し、▲1九角の自陣角を打つ「宮田新手前の定跡手順」の通り進みます。さて問題の68手目、後手の森内名人は過去の実戦で多い△4四歩とせず(ニコ生のコメントでは森内先生の著書の中で「△4四歩で後手よし」と書いているとのこと:未確認情報)、前例が一例しかない△4四馬を指しました。その後の進行が先手が指しやすい展開となったため「なんで名人はこの手を選んだんだろう」との疑問を残し一日目は終了したのです。

さて二日目、ニコ生の解説者は羽生三冠でした。そして早速前述の疑問に対する解答が羽生先生の口から提示されます。「渡辺竜王は△4四歩以下の変化に深い研究を下準備してたのでしょう。△4四馬はそれを避けたものではないか」と。なんということ!つまり『渡辺竜王は第三局と同様「従来の結論」がある局面で「それを覆す手順」を用意していた』→『森内名人はその用意を察知し、敢えて従来手順を避けることで竜王の研究を外した』という苛烈な水面下の戦いがあったということになります。これホントだとしたら凄すぎないですか、これ?
羽生先生の言葉が正しかったかは△4四歩以下の手順が出現しなかったので分かりません。ただ森内名人が局後「(△4四馬について)定跡通りにやる手もありましたが、行きがかり上、仕方がないかなと。」とコメントをしていることから見ても、少なくとも森内先生が従来手順通りでは危険があると感じて手を変えたという点については羽生先生の言葉の正しさが裏付けられたように僕は感じました。
あと局後にこんなツイートが流れてきました『これどうなんだろうね?(2chより)>「ちなみに68手目△4四歩に▲2四角!△同歩▲4五飛!が、プロの実戦譜にもない「ボナンザ新手」で、飛車角ぶった切って猛攻してくる。ソフト同士対局させても先手が勝つんだよね。」』(matsuoさん(@matsuo000)のツイート)。この書き込み(2chの方ね)の内容の信憑性は別として、いかにもありそうな話ではありますよね。この手順自体そのままではないでけど、こういう手も含めて竜王が色々と研究を進めてたというのは十分ありうる話かと。

もう一つこの局については触れたいことがあります。これも起源は羽生先生。前述したように一日目は先手の竜王よしという雰囲気で記譜コメやニコ生解説は終わっていたのですが、翌朝一番の解説で「(自分は)後手がいいと思う」と羽生先生が仰って衝撃が走りました。詳しく述べると「後手の4四馬の効きを生かした攻撃手段が厳しい。封じ手前の72手目△7五歩に対して▲同歩と応じた手がどうだったか」とのこと。確かに解説を聞いていると△6六歩、△7六歩といった馬の睨みを生かした攻撃手段が生じていて△7五歩が一手入ったのはへぼの自分にも大きいというのは理解できました。渡辺竜王も局後に「△4四馬に対する対応を間違えたように思います」とコメントしており、これも羽生先生の指摘がある程度正しい模様です。
この72手目の△7五歩は森内名人が苦悩と思える長考後に指した手で、対する▲同歩は短考で指されました。難しい局面で時間を使わず思い切りよく指すのが渡辺竜王の持ち味であり、また最大の長所でもあるのですが、結果的にそれが裏目に出た形です。こういう形で竜王がミスを犯したのも、森内名人が△4四馬で竜王の研究を外した駆け引きが功を奏したのかもしれないなと僕自身は感じています。

森内名人が竜王位奪取に王手とした第五局は今週28日、29日(木金曜)に行われます。竜王は後手番であり、真に追い詰められた形になっています。第三局のように番勝負の流れを変えられるような秘策が果たして用意されているか、名人はそれをどのような戦略で避けるか、あるいは堂々と迎え撃つか、逆に自分の秘策を炸裂させるか。策士同士の争いだけにその点から目が離せない戦いになりそうで、今からわくわくしています。
中継はこちらにて。ニコニコ生放送による中継もあります。→竜王戦中継サイト