3月のライオン(羽海野チカ)の感想

3月のライオン 5 (ヤングアニマルコミックス)

3月のライオン 5 (ヤングアニマルコミックス)

先日第五巻が出たので買って読みました。将棋クラスタでは絶賛の声が多いこのマンガについて僕なりの感想を示してみたいと思います。
羽海野チカ氏が日本将棋連盟の全面協力の下、将棋マンガを連載する」と第一報があったとき、僕自身の正直な感想はは「多分面白いんだろうけどハチミツとクローバー(以下ハチクロと略)の作者だからなあ。空中分解しないといいけど」でした。「人が恋に落ちる瞬間を初めて見てしまった。」という素晴らしいつかみで入った青春群像劇のハチクロは確かに素晴らしい作品。しかし最後まで読み終わった結果としては、「結局なんだったんだ?」という感想しか持てなかったんですね。マンガっていうのは連載で進行していきますから、魅力的なキャラクターの造形力、そして話の進め方の上手さ(ストーリーテリング)が第一に求められます。しかし僕自身はミステリー読みということもあって、着地というのを結構重視するのですよね。膨らませた話を上手く収束させる力量です。その力が羽海野氏には欠けていると思いました。(余談ですが、これは日本漫画界の第一人者、浦沢直樹氏にも言えることで、密かに「浦沢病」と呼んでいます(笑)」
とともに「連盟の全面協力」とある。「連盟」という言葉を聞いただけでセクハラ・パワハラ会長を想起してしまう自分としては、「やっかみ」のようなものがあったのかもしれません。
ただ実際に読んでみると、先ほど述べた「キャラの造形力」と「ストーリーテリング」が素晴らしい。心に陰を落とした若き天才将棋棋士(桐山零)が、勝負という厳しい世界と、暖かな他者との触れ合いの往復の中で、徐々に心の氷を溶かしていくというストーリーがメインですが、この二つの世界の描写が非常に繊細でよいです。将棋部分は将棋好きなら尚更ですが、将棋を知らない方にとっても十分楽しめるものでしょう。厳しいだけと思われる将棋の世界ですが、その構成員は愛すべき人が多いというのが羽海野さん、分かってらっしゃる。さすがです。
僕が最大に評価しているのは、暖かい世界の方の描写で、それは老舗の和菓子屋さんの三姉妹の家族と、主人公の通っている高校なのですが、女性らしいほんわかした視点が本当に心を和ませてくれます。それでいて、暖かい世界にも厳しい側面が入り込んで、それにより読者には現実的に感じられます。
あと扱っているテーマが家族、友人という王道であり、将棋はあくまでもメインテーマに深みを与えるためのスパイスとして使っているのも好感です。
さてここまで誉めまくりましたが、懸念点を。最初に言いましたが、僕自身羽海野さんの「キャラ造形」と「ストーリーテリング」は買っているのですよ。今まで誉めたのってまさにその部分ではないですか。つまり魅力的なキャラクターをちりばめ、ストーリーをどんどん広げていっている。イマココなので絶賛のみなわけです。ストーリーテリングの大切なところに「立てたフラグは回収する」があります。そこから逃げてしまうと、それまで積み上げてきた物語が一気にペラペラになってしまうんですよね。
気になっている例を一つ挙げます(ネタばれにならないように気をつけますが未読の方は注意)主人公のライバルである、二海堂君がいますよね。彼が実在の棋士をモデルにしていることは将棋ファンなら分かるでしょう。で、桐山君との対戦が実現しそうな機会として若獅子戦というのが設定されています。さて、目の肥えた読者ならば何らかの「出来事」を「フラグ回収」として予想しているでしょう。こういう「予想」に羽海野さんはどういう答えを用意しているのか。「予想」通りなら安易、逃げれば不満が残ります。こういうフラグがあまりにも沢山立っているので、羽海野さんは大変じゃないかなあと。
おせっかいすぎますかね。
結論です。今後の展開に若干の不安を残しつつも、将棋ファンでもそうでない人も「3月のライオン」は楽しめるまんがですので、読んでください。「オススメです」(宇多丸@シネマハスラー風)