異能の才が描く「勝利への構図」(竜王戦第五局)

挑戦者の森内名人が三勝一敗と竜王位獲得まであと一勝という状況で2013年11月28日〜29日に行われた、第26期竜王戦七番勝負第五局、渡辺明竜王森内俊之名人は135手まで先手の森内挑戦者が勝利し竜王位を奪取しました。
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本局のハイライトは99手目、挑戦者の森内名人が▲3三桂打と相手陣に打ち込んだ局面。ここまで受けに回っていた森内名人が敵玉を「攻める」手を選択しました。一手前の渡辺竜王の△5七銀は自玉の詰めろを消しつつ森内玉を攻めた手でもう一手△6八銀不成が入れば△7七龍からの詰めろ。つまりこの手は二手スキ(自分の手番が二回回れば詰ます)の手。森内名人が攻めの手を選んだということは「相手が一手指したときに詰ます手」つまり一手スキ(詰めろ)の連続の手で迫るということになります。常識的に考えれば。

しかし8手進んで107手目▲1一竜と香車を取った局面。この手は「詰めろ」になっていません、更に手番は後手に渡っている。ならばこれまで若干優勢に進めてきた森内名人の「▲3三桂打」がミスで「すわ逆転か」と控室が色めき立ったのですが、結局これは森内名人が描いた「勝ちへのシナリオ」通りの進行。109手目必然手の△6八銀不成に▲同銀と手を戻した局面は自玉の詰めろを消しただけのように見えて、後手が106手目△3一金打(詰めろを消して先手を取る必然手)と金を使ったために、先手玉は詰めろの連続で迫る手が逆に難しい状態、一方後手玉は次の▲5三銀が受けにくい詰めろであり、「先手玉と後手玉が両方とも二手スキであり、手番は後手でありながらはっきりとした先手の勝ち」という摩訶不思議な局面となったのです。以下森内名人が優位を拡大し圧勝しました。

現代将棋の進歩の一つとして「終盤における寄せの技術の向上」というのは欠かせないトピックスです。言い換えれば相手玉が詰むまでの手数を短縮する「速度」を高めることが勝ちに近づく最大の方法ということで重視されているわけです。森内先生の▲3三桂打以下一連の手順は寄せに出ながらも最終的には自陣に手が戻るという、速度を上げに行きながら最終的にはスローダウンする一見常識的にはあり得ない手順。しかし彼我の玉への危険度の相対的な差はこの手順の中で埋めようのない差に拡大していたのです。優勢な将棋を勝ち切るまでの手順は人それぞれだと思いますが、こういう手順で勝ちを確実なものにする手法は私にとって新鮮であり、森内名人の普通とは違う将棋の勝ち方の感覚・技術が堪能できた貴重な体験でした。

NHKBSではA級棋士の一人である三浦先生が解説をしていました。放送が始まったところが▲3三桂打で三浦先生もその意図を図りかねていた模様ですが、局面が▲1一竜まで進みそこから検討を進める中で森内名人の手順の真意が掴めた時の様子は心底舌を巻いている模様だったのが非常に印象的です。ちなみに▲1一竜の局面でポナンザは瞬間評価値0でしたね(笑)やっぱり強い人間の手はコム様でも理解できないものがあるんだなあと。まあこれは余談。